疑ってかかる
今日は、自分が参加している朝食会がありました。
前回は、夜の部(夜の部もあるのです)で、
「知っている人は、知っているのが意外に役に立つ雑学」
というタイトルで、講演(というかちょっとした話ではありますが)
をさせていただきました。
なかなかなじめずにいたメンバーとも、
ある程度親しくなれましたので、
久しぶりに行ってみました。
すると、その朝食会の中心人物でもあり、
うちの顧問もしていただいている弁護士が
「まず、疑ってかかることからはじめる」
と言っていました。
これは、人や物事を疑ってかかるという意味ではなく、
今、やっていることを、既成概念にこだわることなく、
頭をフラットに物事を考える、というものでした。
建築を長年やっていますと、
なかなか、新しいものになじめなかったりしますし、
自分の経験したものがすべてに思ってしまうことがあります。
もちろん、新しいものがすべてすばらしいものではありませんし、
経験はとても重要です。
しかし、まず、頭をフラットにして考える
というのが大切なのではないでしょうか。
(なかなかできませんけどね)
前回は、夜の部(夜の部もあるのです)で、
「知っている人は、知っているのが意外に役に立つ雑学」
というタイトルで、講演(というかちょっとした話ではありますが)
をさせていただきました。
なかなかなじめずにいたメンバーとも、
ある程度親しくなれましたので、
久しぶりに行ってみました。
すると、その朝食会の中心人物でもあり、
うちの顧問もしていただいている弁護士が
「まず、疑ってかかることからはじめる」
と言っていました。
これは、人や物事を疑ってかかるという意味ではなく、
今、やっていることを、既成概念にこだわることなく、
頭をフラットに物事を考える、というものでした。
建築を長年やっていますと、
なかなか、新しいものになじめなかったりしますし、
自分の経験したものがすべてに思ってしまうことがあります。
もちろん、新しいものがすべてすばらしいものではありませんし、
経験はとても重要です。
しかし、まず、頭をフラットにして考える
というのが大切なのではないでしょうか。
(なかなかできませんけどね)
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